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福岡地方裁判所 昭和48年(ワ)252号 判決

福岡市○○区○○○×丁目××番×号

原告 甲野一郎

右訴訟代理人弁護士 谷川宮太郎

同 吉田雄策

同 石井将

福岡市中央区薬院一丁目三八番地

被告 西日本警備保障株式会社

右代表者代表取締役 江藤一二

右訴訟代理人弁護士 村田利雄

右当事者間の労働契約存在確認等請求事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告が被告に対し労働契約上の権利を有することを確認する。

被告は原告に対し、昭和四六年七月一日以降被告が原告を復職させるまで、毎月一〇日限り、一か月当り四万六、二四六円を支払え。

訴訟費用は、被告の負担とする。

この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

主文同旨の判決ならびに第二項につき仮執行宣言。

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」

との判決。

第二当事者の主張

一  原告の請求の原因

1  被告は肩書地に本社を、北九州市、飯塚市など数箇所に支社または営業所を置き、他人の需要に応じて建造物あるいは運搬中の現金、物品等の警備を行なうことを業とする株式会社(以下単に会社という。)であり、原告は昭和四四年一一月一〇日会社に雇用され、爾来警備業務に従事してきたものであるが、昭和四六年七月一日会社は原告に対し口頭で同日付をもって解雇する旨の通告をなし、以後原告との間に労働契約関係が存することを争い、かつ賃金の支払を拒絶している。

2  しかし、右解雇は、後述の理由により無効であるから、原告は現在なお会社に対し労働契約上の権利を有しており、昭和四六年七月一日以降も依然として被告に対し賃金の支払を請求する権利を有するものであるが、その額は、原告が右解雇通告を受ける以前の三か月間に支給された賃金の平均月額である四万六、二四六円とするのが相当であり、賃金の計算期間と支払期日は毎月末日締めの翌月一〇日払いである。

3  そこで原告は、原告が被告に対し労働契約上の権利を有することの確認および昭和四六年七月以降被告が原告を復職させるまで毎月一〇日限り一か月当り四万六、二四六円の支払を求める。

二  請求の原因に対する被告の認否ならびに抗弁

1  請求の原因に対する認否

請求の原因1の事実はすべて認める。同2の事実中、解雇通告をなす前三か月間の原告の平均賃金が月額四万六、二四六円であること、および賃金の計算期間と支払期日が毎月末日締めの翌月一〇日払いであることは認めるが、その余は争う。

2  被告の抗弁

(一) 解雇に至る経緯

(1) 会社が警備業務に従事する職員を採用するについては、先ず入社希望者に履歴書を提出させ、学科試験と面接を行ない、別に身元調査をして警備職員としての適格性を一応認めた時点で採用を決定するのであるが、合格者を採用するに際しては「過去、現在に至るまで法律に違反して有罪の判決を受けたり逮捕されたり起訴された事実は全く無く、又履歴書に記載する事項はすべて真実であり、これについて調査を受けることを諒承すると共に、万一虚偽である場合は正式採用後であってもただちに解雇処分を受けることに些さかも異議ありません」との趣旨の誓約書の外、身元保証書等所要の書類を提出させ、採用の日から六か月間は試用期間とし、同期間経過後に本採用しており、原告についても同様の取り扱いをした。

(2) 而して会社においては、従来から試用期間中はもとより本採用後であっても、誓約に反した事実があったことが判明すれば、本人を呼んで事実を確かめ、警備職員として不適当であることが判明すれば、退職を勧め、勧告に応じないときは解雇しているのである。これは、会社の業務の特殊性即ち他人の需要に応じて建造物等における盗難又は運搬中の財産に係る事故発生若しくは身体の事故発生の警戒、防止のため、従業員たる警備職員をしてその警備をなさしめるのを業務とすることからして止むをえない措置である。

(3) しかるところ、被告と同業の会社も漸次増加するとともに、ガードマンの素質低下等がもたらされ、これらの者による犯罪の頻発が世間の強い非難をあびるに至り、警備業について法規制を含む取締の強化が既に昭和四五年第六三国会の衆議院社会労働委員会等において論議され、従って警備業および警備員について強い規制が加えられるであろうとの情報が業界紙や一般新聞によって伝えられるに及んで、会社は自らその姿勢を正す方針を立て、昭和四六年四月頃から逐次全従業員を対象として前歴の再調査を開始したのであるが、同年六月に至り、原告が、福岡市立○○中学校三年生であった昭和四〇年から四一年にかけて、窃盗で数回に亘り警察の取調べを受け、福岡家庭裁判所に送致され保護処分を受けた事実が判明した。

(二) 解雇理由および解雇通告

会社では、警備職員としての職責に鑑み、かつ、当時の情勢下においては警備業および警備員について極めて強い規制が予測されるところから、自らの姿勢を正すためには厳しい態度をもって各従業員に臨まざるを得ないものと考え、原告の非行歴が前記誓約書の記載に該当するかどうか即ち経歴詐称に該当するか否かを役員会において十分検討した末、原告の非行歴は、被告会社の業務の特殊性に鑑みるとき、被告会社の従業員としては不適当であり、かつその非行歴を秘匿したことも勘案するとき、会社就業規則第三九条第一項第五号後段(警備会社の従業員としてふさわしくないと認められたとき)に該当すると判断し、昭和四六年七月一日、会社常務取締役姫野照夫は原告を呼び、調査の結果を告げて警備職員としてふさわしくないとして退職を勧めたのであるが、原告が応じないので、前示就業規則の条項を適用して同日付で原告を解雇する旨通告した。なお、解雇辞令とともに解雇予告手当を原告に交付しようとしたが、原告は受領を拒絶したので、同年七月七日右解雇予告手当は、福岡法務局に供託した。

三  抗弁に対する原告の認否ならびに再抗弁等

1  抗弁に対する認否

抗弁(一)(1)の事実中会社が警備職員を採用するにあたって身元調査をしてその適格性を一応認めた時点で採用を決定していたことは知らないが、その余は認める。同(2)の事実は知らない。同(3)の事実中、原告が○○中学校在学中、警察の取調を受け家庭裁判所において保護処分を受けたことは認めるが、その余は不知。同(二)の事実中、解雇の通告ならびに予告手当の供託の事実は認めるが、その余は不知。

2  抗弁に対する原告の主張ないし再抗弁

(一) 就業規則不該当ないし解雇権の濫用

(1) 会社が本件解雇の理由として主張するところは、原告の前歴を再調査した結果、犯罪歴を有していることが判明したが、これは警備会社の従業員としてふさわしくなく、就業規則第三九条第一項第五号の解雇事由に該当するというにある。

(2) なるほど原告は、会社に採用されるにあたって被告主張の趣旨の誓約書を会社に差入れたことがあるが、しかし、誓約書の文言にある「有罪判決」「逮捕」「起訴」という言葉から明らかなように、これは刑事事件とくにいわゆる破廉恥罪とか相当刑の重い罪について前科がないという趣旨であり、少年時代の非行につき受けた家庭裁判所の保護処分はいわゆる前科ではないから、これまでも含む趣旨と解することはできない。

しかるに、原告はかつて中学生の時に家庭裁判所の保護処分を受けたことはあるが、有罪判決を受けたこともなければ、逮捕、起訴されたこともないから、原告の前記誓約にはなんらの虚偽はない。また、誓約書の文言からいっても、採用に当って会社が少年時代の非行歴が存しないことまでを要求していたとは解せられないから、原告が採用時に少年時代の非行歴を会社に告げなかったからといって、信義則に反することにもならない。

何となれば、少年時代の非行歴、保護処分歴は、社会通念上履歴書の賞罰欄に記載が要求されているとは考えられないし、被告会社が原告を採用するに当って少年時代の非行歴の有無を尋ねたり、賞罰欄に記載することを求めた事実はないからである。むしろ、少年の保護処分等につき、少年法がそれが当該少年の将来の社会生活に不利益を及ぼすことのないよう極力配慮している趣旨(たとえば、同法六一条、二二条二項など)に照らせば、採用時に少年時代の非行歴、保護処分歴の存在についてまで真実を述べることを義務づけることは公序良俗に反するものといえよう。

したがって、原告が採用にあたって自ら非行歴の存在を述べなかったとしても「重要な経歴を詐わり、その他詐術を用いて雇用された」ものとはいいえず「警備職員としてふさわしくない」ということもできない。

(3) 仮りにもし採用後に、少年時代の非行歴をもって、会社が警備職員として不適格であると判断する材料とすることが許されるとしても、被告会社は新規に採用された警備職員につき六か月の試用期間を設けているのであるから、適格性の判断はまさにその期間内でなされるべく、一旦適格性ありと判断されて正式採用になった以上、その後に生じた事由あるいは正式採用前に会社において探知することが客観的に不可能な事由に限って適格性の有無の判断の資料となし得るものと解するべきである。

しかして被告会社は、他の企業の依頼を受けてする身元調査、信用調査をもその業務内容とし、調査業務に関し専門的な調査能力を有し、試用期間中の警備職員に対してもこの能力を駆使して前歴、身元調査を行なっているのであるから、正式採用をした以上、かかる事由で適格性なしとすることはできないというべきである。

(4) また、警備職員としての適格性の有無は、ただ単に過去の経歴のみによって決せられるべきではなく、採用後の勤務成績、態度をも含め総合的に判断されるべきであり、前歴に多少問題があったとしても、採用後の素行には何ら問題がなく、勤務成績も良好であれば「警備会社の従業員としてふさわしくない」とはいい得ない。しかして、原告は、採用以来勤務成績は優秀で、昭和四五年二月一六日付で警士から先任警士に、昭和四六年二月一六日にはさらに警士長にそれぞれ昇格し、その間昭和四五年一二月三〇日には「過去一年間社業に精励かく勤し勤務成績優秀」との理由で会社の表彰まで受けている。

そうだとすれば、採用後約二年も経過してから中学生時代の非行歴が判明したからといって、警備職員として適格性を欠くものとは到底認められない。しかも、少年に対する家庭裁判所の保護処分などについて、少年法は、それが当該少年の将来の社会生活に不利益を及ぼすことのないよう極力配慮しており(同法六一条等参照)、かかる同法の趣旨からしても、たとえ警備職員であるにせよ、採用後少年時代に保護処分を受けたことが判明したからといって、これを不適格と断定し、解雇することは許されない。

(5) また、被告会社は、昭和四六年四月頃より全従業員について前歴調査を始めたところ、六月に至り原告の中学生時代の非行歴が判明した旨主張するが、被告会社は右調査の結果その非行歴をかなり正確に把握しており、右事実を右時点においては会社独自の調査によって探知し得たというのであれば、原告の採用時ないし試用期間内においても、同様の調査方法により、その非行歴を探知することが十分可能であったと思料され、そうであれば、不十分な調査により原告の非行歴を見過ごして正式採用した責任は専ら被告会社にあり、正式採用後一年数か月を経た後になって非行歴が判明したからといって、原告を解雇することは権利の濫用として許されない。

(6) しかも、被告会社の過去において、少年時代の非行が正式採用後に判明したとの理由で解雇された事例は本件解雇時までなかった。

(7) したがって、本件解雇は会社就業規則の解釈を誤まりこれに該当する事由なくしてなされたものであり、そうでないとしても解雇権を濫用してなされたものであるから無効である。

(二) 不当労働行為

このように本件解雇は全く理由がなく、むしろ他の意図をもってなされたものと解するのが相当である。

即ち、原告は、現在福岡地区の中小企業に働く労働者によって組織されている総評全国一般労働組合福岡地方本部福岡支部の組合員であるが、当時原告は会社の従業員間で労働組合を結成することを計画し、そのための種々の準備活動を行なっていたものであるが、会社は原告の動きを察知し、労働組合の結成を嫌悪するあまり事前にその動きに打撃を与えるべく、原告の過去の非行歴に藉口してこれを解雇したもので、解雇の決定的動機は、原告の労働組合活動にあるから、本件解雇は労働組合法第七条第一号の不当労働行為として無効である。

四  再抗弁に対する被告の認否

再抗弁(一)(1)の事実は認める。同(2)の事実中原告が誓約書を提出したこと、保護処分を受けたことがあることは認めるが、その余は争う。被告会社は警備業務という特殊の業務を内容とする会社であるから、保護処分をも会社に提出すべき履歴書の賞罰欄に記載すべき義務がある。同(3)はすべて争う。同(4)の事実中、原告がその主張の日時に先任警士および警士長にそれぞれ昇格したことならびに精勤証書を授与表彰されたことは認めるが、その余は争う。同(5)は争う。同(6)は否認する。原告の前歴再調査と併行してなされた他の従業員の再調査の結果、前歴が発覚し、原告と相前後して二名の者が解雇されており、このことは、会社の業務の特殊性に鑑み会社の姿勢を正し警備員の資質の向上を所期してなされたものであるから、解雇権濫用の主張は失当である。同(二)の事実はすべて争う。会社が原告の組合活動を知ったのは、昭和四六年七月五日福岡県地方労働委員会より、同月三日付の「不当労働行為事件の調査開始について」と題する書面を受け取ったときが初めてであり、この点については、原告外一名を申立人、会社を被申立人とする同労働委員会に対する同一事由に基く不当労働行為救済申立事件において、すでに申立棄却の命令(確定)が出されている。

第三証拠関係≪省略≫

理由

一  請求の原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  しかして≪証拠省略≫を総合すれば、

会社が警備業務に従事する職員(いわゆるガードマン)を採用するについては、新聞広告による一般募集(その他に縁故募集がある)に応じてきた志願者につき、履歴書、戸籍謄本、身上調書、写真等を提出させ、学科試験と面接を行なって合否を決定し、入社日をきめ、その日から二週間以内に被告主張どおりの文言の誓約書を提出させるほか身元保証書、健康診断書等所要の書類を徴していたこと、採用の日から六か月間は試用期間であり、その期間における勤務状態、警備職員としての適格性を十分検討したうえ本採用することとしていたこと、また、会社においては、その業務の特殊性にかんがみ、入社試験に合格した者について学歴、職歴とくに前科および非行歴の有無に重点を置いて、経歴詐称の事実がないかどうかにつき身元調査を平行して実施することを建前とし、入社の日から二週間以内に経歴詐称のあることが判明した場合には採用を取り消した事例もあるが、当時警備業務に対する需要が増加の一途をたどり、したがって会社としては、急いで募集、採用手続を行ない人員を増加させなければ需要に応じきれないような状況にあり、しかも採用内定者の身元調査には会社業務部調査課のスタッフが本来の業務(信用調査、結婚調査などの調査業務)の傍ら従事していたもので、人員も少なかったこともあって勢い、身元調査といっても入社時までの調査は、就職希望者から提出された履歴書等にもとづく書面審査かせいぜい学歴、職歴等につきその期間でなし得る程度の裏付け調査をなすにとどまり、前科、前歴などを調査するには期間が不足のため、採用者から提出された誓約書の記載を信頼して、かかる経歴はないものと一応認めて仮採用し、試用期間中においても引き続き身元調査を行ない、もしこの期間内に警備職員としてふさわしくない前科、前歴のあることが判明した場合には、本人に事実の真否をただしたうえ、経歴を詐ったものとして、退職を勧告し、任意退職をしない者に対しては解雇をもって臨んでおり、たとえ試用期間内にかかる事実が判明しないまま本採用になった者についても同様の取り扱いを従来していたこと、このようにして退職し、または解雇されたものの数は、会社創立(昭和四三年四月)以来昭和四六年末ごろまでに六十数名に及び、本採用後の者に限ってみても二十数名に達すること、身元調査は、前述の調査員が採用内定者ないし従業員の友人、出身学校等に対する問い合わせや近所の聞き込みなどの方法により行なっていたこと、原告についても採用時および採用後に亘って同様の方法により身元調査がなされたが、その際は前科前歴等警備員の適格上問題となり得るような過去の経歴は何ら発見されなかったこと、ところで、いわゆるガードマンによる犯罪の多発化等が広く世間で問題となったため、関係官庁でもかかる事態を放置できなくなり、この問題に対処すべく、警備会社に対する規則立法の準備に取りかかり、近くガードマン規制法といった法律が制定される運びとなるが、立案当局はガードマンの登録制度などかなり厳しい規制を考えている旨の情報が昭和四六年当初から新聞報道や業界の内部情報を通じて被告会社にも伝わって来たが、これら情報によれば犯罪歴のある者はガードマンとして登録されないと喧伝されていたこと、そこで会社としてはかかる国の規制措置に備え、かつ自ら姿勢を正して会社の信用を維持向上させる目的をもって、この際全従業員約三〇〇名につき改めて身元調査をやりなおす方針を決定し、昭和四六年四月頃から全従業員の経歴とくに犯罪歴の有無について、前述の方法すなわち近所の聞き込み等により調査課のスタッフがこれを担当して再調査を実施したところ、同年六月に至り、原告が福岡市立○○中学校三学年在学当時の昭和四〇年から四一年にかけて窃盗およびあいくち所持で数回に亘り警察の取調べを受け福岡家庭裁判所に送致され、保護処分を受けた事実が判明した(なお、成立に争いのない乙第五号証の二(福岡家庭裁判所の回答書)によれば、右調査にかかる正確な事実は、福岡家庭裁判所は昭和四〇年五月から一一月にかけて同裁判所が受理した原告にかかる四件の窃盗事件につき、当初の一件については少年法第二三条第二項(不処分)の決定を、後の三件についてはこれを併合のうえ昭和四一年三月三日、同法第二四条第一項第一号(保護観察)の決定を、また同年五月一九日受理した銃砲刀剣類所持等取締法違反事件については同年六月一一日少年法第一九条第一項(審判不開始)の決定をしたものであると認められる)こと、そこで当時会社総務部長(人事担当)であった井上忠則は原告本人に対し右事実の有無をただしたところ、原告の態度が肯定も否定もせず黙したままであったので、井上忠則は調査の結果は間違いなしとの心証を得、当時の担当常務取締役姫野照夫にその旨報告したこと、而して会社としては、かかる非行歴が判明した以上原告は警備員として不適格であることは疑いなく、かつ、誓約書を提出しているのであるから経歴詐称となり得ないものでもないが、原告の提出した誓約書の文言を文字どおり読むならば、少年時代の非行歴を秘匿したことに対し、後掲会社就業規則の経歴詐称の条項を適用して懲戒解雇をなすことは、解釈上多少の疑義もあり、かつ本人の将来のためを考慮すれば予告解雇が適当だという結論に達したので、姫野照夫が原告本人を呼んで非行歴を告げて任意退職することを勧告したところ、原告はこれを拒否したので、原告に対し口頭で解雇を通告したこと(以上の事実のうち、会社が志願者につき履歴書等を、合格者からは誓約書その他の書類を提出させていたこと、採用の日から六か月間の試用期間があったこと、原告も同様の取り扱いを受けたこと、原告が○○中学校在学当時警察の取調を受け家庭裁判所において保護処分を受けたことがあること、会社は同日付で解雇通告をなしたことはいずれも当事者間に争いがない。)

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

三(一)  ところで、前掲乙第一号証(会社就業規則)によれば、同規則第四七条第一号には懲戒解雇事由として「重要な経歴を詐わり、その他詐術を用いて雇用されたとき」が掲げられていることが認められるところ、他人の財産等の警備を行なうという被告会社の業務の性質からいって、犯罪歴は、たとえ少年時代のものであっても、一応同号にいう「重要な経歴」に該るものというべきである。しかしながら、会社が従来警備員を採用するに該って採用内定者から徴していた誓約書の文言は、前記のとおり「過去、現在に至るまで法律に違反して有罪の判決を受けたり逮捕されたり起訴された事実云々」というのであり、少年法の保護処分がこの文言のいずれにも該当しないことは明白である。しかも労働者の選択は本来使用者の危険においてなすべきことであり、求められもしないのに労働者が進んで自己に不利な事実を告知すべき義務はなく、さらに少年法第一条に定める同法の目的、後記少年法第二二条第二項第六一条の趣旨を加味しつつ考えると、社会通念上履歴書の賞罰欄に少年時代の非行歴まで記載すべき義務があるものと解することはできない。よって原告が被告会社の面接試験において非行歴を積極的に告知せず、あるいは原告が会社に提出した履歴書の賞罰欄にただこの事実の有無を記載しなかったからといって、労使間の信義則に反するものとは到底いい得ない(もっとも証人姫野照夫は、入社希望者に対し、少年時代に受けた保護処分についても賞罰欄に記載すべき旨を告げ、原告に対しては面接の際警察で取調べを受けたかどうか糺した旨証言するが、同証言は、これに反する原告本人尋問の結果に照らしてにわかに信用できない)。したがって原告が経歴詐称したという理由で従業員たる適格性を欠くとして予告解雇することは、事実の根拠を欠き、かつ会社就業規則の解釈、適用を誤ったものとして許されない。

(二)  被告はまた、非行歴のあること自体警備職員としてふさわしくない旨主張する。たしかに被告会社のような業種にあっては、とくに警備職員を採用するに当って入社希望者に非行歴があることが事前に判明した場合、それがたとえ少年時代のものであっても、警備職員としてはふさわしくないものとして採用を拒否しても、それは採用の自由に属する事柄ということができる。しかし現行少年法の原則、すなわち少年の犯罪は環境的圧力による衝動的なものが多く、また少年は将来性があり、可塑性に富み比較的教育可能性が多いこと等の理由により、少年犯罪者に対しては保護処分をもってのぞむのを原則としていること(同法第四二条、第二〇条参照)、その他同法が「少年の健全な育成を期し非行のある少年に対して性格の矯正及び調整に関する保護処分を行なうことを目的」として、少年の犯罪に対して成人のそれと実体的にも手続的にも種々の異なる原則をもって取扱うこととしていること(本件に関連するものとしては、例えば同法第二二条第二項、同法第六一条)を想起するならば、たとえ原告に少年時代に窃盗事件に関し保護処分に付せられたという経歴があるにせよ、それが被告会社入社前三、四年を遡る中学生時代のものであり、処分も前記認定の程度にとどまるのであるならば、被告会社の業務の特殊性を十分考慮しても、ただちに警備職員としてふさわしくなく、会社の従業員たる適格性を欠くものとは断じがたいし、しかも前述のとおり、労働者の選択は本来、使用者の危険においてなされるべき事柄であるから、一旦会社において原告を警備職員として適格性があるものと認めて採用し、既に六か月の試用期間も無事経過した時点においては、特段の事由があれば格別、後になって少年時代の非行歴が判明したとの一事だけでただちに警備会社の従業員としてふさわしくないものと断定し、これを解雇することは到底できないものというべきである。しかして、後日警備業に対する取締強化のため規制立法の必要性が論議され、会社としても実際に規制がなされる前に姿勢を正す必要が生じたという程度では、いまだ上述の特段の事由が発生したと解することはできない。

(三)  しかも、他に原告が警備職員として不適格であることを認めさせるに足りる証拠は全くなく、むしろ、≪証拠省略≫によれば、会社入社以来解雇に至るまでの原告の勤務成績は、会社の現在の評価によっても、不可はなかったということであり、原告の主張のとおり、警士から先任警士さらに警士長にと順調に昇進し、その間一年間皆勤の故をもって表彰された事実も認めうる(昇進および表彰の事実は当事者間に争いがない)。

(四)  会社は警備業務の特殊性をしきりに強調するが、そうであるならば、採用に当って真に適格性を有する人材を選択できるよう適格性の審査につき周到な配慮と相当の努力をすべきであるのに、前認認定のとおり、当時被告会社は急増する警備需要に応えるべく、取り急ぎ警備員の募集、採用手続を行ない人員の確保に努めていた状況にあり、したがって入念になされるべき採用予定者に対する身元調査を含む適格性に関する審査も、採用時においては、ごく形式的に行なわれていたに過ぎないことは、本件にあっては調査員の聞き込み等による再調査の結果原告の非行歴がほぼ正確に探知されたということであるのに、採用当時における同様の調査方法による調査ではそれを発見できなかったことからも明らかである。したがって、仮りに非行歴の存在が警備職員の不適格事由となり得るとしても、かかる不十分な調査に基づいて従業員の採用を決定しておきながら、後日になって非行歴が判明したとし、会社の業務の特殊性を強調し、会社の立場のみを考慮において、従業員に対し解雇をもって臨むことは、権利の濫用として許されない。

(五)  そうであるとすれば、本件解雇は、会社就業規則第三九条第一項第五号の解釈を誤まり、または解雇権を濫用してなされたものであるから、その余の争点に対する判断をまつまでもなく無効であり、原告は依然として会社の従業員として労働契約上の権利を保有する。それにも拘らず、被告はこれを争っているから、原告はその地位の確認を求める利益を有する。

四  また、被告は本件解雇が有効であると主張して原告の就労を拒否しているから、原告は本件解雇の日である昭和四六年七月一日以降も被告に対して依然として賃金の支払を請求する権利を失わないが、その額は、特段の事由の認められない本件にあっては、一か月当り、原告が右解雇通告を受ける前三か月間に支給された賃金の平均月額であることが当事者間に争いのない四万六、二四六円とするのが相当であり、賃金の計算期間と支払期日が毎月末日締めの翌月一〇日であることも当事者間に争いのないところである。しかして被告が解雇を理由として賃金の支払を拒絶していることは争いのないところであるから、将来(被告が原告を復職させるまでの間)の賃金の支払を求める部分についても請求は理由がある。

五  以上のとおり、原告の本訴請求はすべて理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡野重信 裁判官 宇佐見隆男 裁判官 吉田哲朗)

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